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電離放射線と健康:いま誰もが知っておくべきこと

著者:O.ティムチェンコ

典拠:北海道大学スラブ研究センター 2013年『スラブ・ユーラシア研究報告集』別冊

はじめに

福島原発事故から日本人は何を学び、何を次世代に残し、そして、どう世界に教訓とし て伝えるのでしょう。 福島後に生じている様々な現象や問題は、単に原発の廃止か推進かという個別的な問い に関わるものではありません。むしろ、科学技術と人間、人間と環境、政治と市民、地域 と世界、国際社会と国家、文化と心、といった近代社会全体に係わる問題群を鋭く我々 に突きつけているかに思えます。こうした問題群に大学や学術がどう応えるのか、そして日本 がどう対処するのか、世界も注視しています。 福島原発事故によって避難を余儀なくされている被災者は復興庁の調べで 15 万人に のぼります。また、政府や自治体が把握していない自主避難者が大勢います。避難所に 暮らす被災者の間では、将来の展望、バラバラに離散した家族、放射能被曝の影響など について、情報が不確実でありしかも乏しいために、見通しのつかないまま暗所を手探りす るような生活を余儀なくされています。その思いは、たとえ避難はしなくても、原発事故の 影響をこうむっている地域に暮らし続ける人々にとっても同じです。

福島に先立つこと25 年前、チェルノブイリで原発事故が起きました。当初は大きな衝撃 を受けたにもかかわらず、時間の経過とともに、ほとんどの日本人は同事故を他人事と考え るようになり、そこから教訓をくみ取ることはできませんでした。しかし、チェルノブイリを経験 した現地の人々は、その後の四半世紀、日々、原発事故の後遺症や放射線被曝の問題 と向き合って生きています。事故当時にチェルノブイリがあったソ連邦という国家はもはや存 在しません。深刻な被曝を経験した地域は、ロシア、ウクラナイ、ベラルーシに分かれ、被

災者達の運命も変わりました。 北海道大学スラブ研究センターでは、文部科学省による科学研究費研究助成を受けて、 2012 年度から「大規模環境汚染事故による地域の崩壊と再興:チェルノブイリ、アイカ、

フクシマ」(家田修研究代表、2012 – 2015 年)と題する共同研究を行なっています。チェ ルノブイリと福島の教訓を、世界と未来の世代に伝えるためです。基礎研究を旨とするのが 大学の使命ではありますが、現実的な問題解決に役立つ成果はすぐにも公表しようと方針 を立て、その第一号として本冊子を刊行することにいたしました。 著者のオルガ・ティムチェンコ博士はウクライナ科学アカデミーの衛生・医学生態学研究 所に長年勤務する研究者です。彼女の経歴などは、本文冒頭で博士自身が語っています

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ので、ここで屋上屋を重ねることはしません。本冊子を出版するに至った経緯だけを述べて おきましょう。
監訳者である家田は 2013 年 3 月にウクライナの首都キエフを訪れ、放射能研究関連の 研究施設をいくつか訪問しました。目的は、ウクライナにおけるチェルノブイリ研究を総合的 な視点からまとめ、日本に紹介することでした。ウクライナ科学アカデミーの衛生・医学生態 学研究所は、放射能の生態に対する影響の基礎研究で重要な役割を担っています。面 接に応じてくださった研究者の中で、中心的な立場にあるのがオルガ・ティムチェンコ博士で

した。 低線量被曝が今の日本人にとって非常に大きな関心事なっているので、是非とも、参考 になる論文を書いてくださいと彼女にお願いしました。オルガさんは「喜んでお引き受けしま す。ウクライナ人は日本人がウクライナの子どもたちを救ってくれたことに感謝しています。今 度は私たちがお返しをする番です」と快諾してくださいました。そして、5 月に送られてきた のがこの論文です。 ティムチェンコ論文にはチェルノブイリ事故後の四半世紀を生きてきたウクライナ人の生活と 歴史が凝縮されています。それは他に代えがたい経験であり、極めて貴重なものです。同 時に、そのまま全てを今の日本や福島の状況に当てはめることはできません。ティムチェンコ 博士も書いているように、放射能の影響を避けるためには、栄養のバランスがとても大切な 要素ですが、食生活は国や地域によって大きく異なります。今の日本の食生活は、ティムチェ

ンコ博士が想像しているような伝統的和食から、ファーストフードや既製品等の影響を強く受 けたものへと変化しています。とりわけ日本の若い世代の、海産物離れや野菜不足、総じ て言えば健康管理への無関心は著しいと言わなければなりません。また、甲状腺癌と同様 に、遺伝子の損傷が原因とされるアトピーやアレルギー、統合失調症などの患者が急増し ており、人々の免疫力が低下しているという事態も考慮しなければならないでしょう。 そうした日本の現状を踏まえて、日本人は日本人としての放射能リテラシ―(リテラシーと は、知識、理解力、実践力に基づく総合的な智慧のことです ) を築いてゆくことが大切です。 そのための第一歩として、先人であるウクライナのティムチェンコ博士の論文が水先案内の 役を果たしてくれると思います。 日本人のために、そして世界の次世代のためにこの論文を執筆してくださったティムチェン コ博士に心より感謝します。またこの場を借りて、在キエフ日本大使館勤務の宝川真純さ んにお礼を申し上げます。宝川さんから数年ぶりに届いたメールに「ウクライナの日本大使

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館に勤務しています。チェルノブイリ関連業務担当です。お役にたてることがありましたら」 と記されていたことが、本出版の全ての始まりでした。宝川さんに励まされ、私のキエフ滞 在中の研究所や原子力規制院などへの訪問調整でもすっかりお世話になりました。宝川

一家の温かい歓迎と御主人のグルジア料理は忘れられない思い出です。 本論文はもともとロシア語で執筆されました。日本語訳文は、原子力安全問題研究の第 一人者である京都大学原子炉実験所勤務の今中哲二さんに点検をお願いしました。また、 英語訳文はスラブ研究センターの同僚であり英語の母語話者であるデイヴィッド・ウルフ博士 に、通読し点検していただきました。多忙を押して、細部にわたる貴重な助言をして下さっ たお二人にお礼を申し上げます。 本論文をロシア語から日本語へ、また英語へと翻訳する作業は、家田堯が行ないました。 彼は本年 3 月のウクライナ訪問に自費で参加し、筆者のおぼつかないロシア語を支えて通 訳を務め、今回もボランティアで翻訳にあたりました。 本論文の訳責は全て監訳者にあります。訳文や内容について、お気づきの点をご指摘 いただければ幸いです。 本論文が日本における放射能リテラシーの向上に役立つことを願いつつ。

2013 年 11 月 北海道大学スラブ研究センター 家田 修

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